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金峯山寺

2014年7月10日

金峯山(きんぷせん)は、奈良県の吉野山から山上ヶ岳(大峯山)に至る一帯を指し、古く飛鳥時代から聖地として知られていました。7世紀後半、修験道を始めた役行者(えんのぎょうじゃ)は、この金峯山で修業され、山上ヶ岳において、人々を迷いや苦しみから救い、悟りの世界に導くために金剛蔵王権現を祈り出されます。そして、そのお姿を山桜の木に彫刻し、山上ヶ岳と吉野山にお堂を建ててお祀りされました。これが山上山下の蔵王堂の起こりであり、金峯山寺の始まりです。

 

金峯山寺の本堂「蔵王堂」(吉野山)

大峯山の蔵王堂を山上の蔵王堂と呼ぶのに対し、吉野山の蔵王堂は、山下(さんげ)の蔵王堂と呼ぶ。この豪壮な建造物は、豊臣秀吉の寄進

 

金剛蔵王権現

普段は、閉扉され拝むことができない。像は3体が安置、中央は釈迦如来(中尊)、左手に弥勒菩薩(左尊)、右手に千手観音菩薩(右尊)、中尊の総高は7.3mあり、日本最大の秘仏。役行者が祈り出されたこれらの本尊は、過去(釈迦如来)、現在(千手観音菩薩)、未来(弥勒菩薩)の三世にわたって私たちを救済するため、悪魔を降伏させるこの忿怒(ふんど)の形相のお姿で出現されました。

 

修験道の開祖、役行者(役小角…えんのおづの/おづね)

役行者(634-701)は、全国各地の山々で修業され霊山を開き、修験道の基礎をつくった。鬼神を使役できるほどの法力(呪術)があったとされる伝説の人物。

修験道とは、どんなものなのでしょうか?

神道なのか?道教なのか?仏教なのか?役行者の時代には、それらの何にも属さず、それらすべての要素があったのだと思います。ただ「人々を迷いや苦しみから救いたい」という一心で厳しい修業をされたのだと思います。

 

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