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菅公御歌

2015年5月25日

菅原道真公は無実の罪で大宰府に左遷され2年後に亡くなります。すると京では落雷などの災害が相次ぎ、道真公に罪をかぶせたとされる藤原時平が39歳の若さで病死、時平の甥で醍醐天皇の皇子の保明親王も病死、次いでその息子で皇太孫となった慶頼王(時平の外孫)も病死と、さらに落雷で大納言藤原清貫をはじめとする朝廷の要人に死傷者で出て、その3ヶ月後に醍醐天皇も体調をくずし崩御します。これらを道真の祟りだと恐れた朝廷は、道真の罪を赦すと共に贈位を行い流罪された子供たちも京に呼び返されました。

このような壮絶な出来事があって、朝廷が道真の祟りを鎮めるため建立したのが北野天満宮の始まりです。

 

北野天満宮の東門に道真公の御歌を紹介する説明板がありました。

 

菅公御歌

心だに 誠の道に かないなば

いのらずとても 神やまもらむ

 

(訳) 心さえ誠の道にかなっているならば、ことさら祈らなくても、神は守ってくださるだろう

 

この御歌を詠み、「神様が真に偉大であるならば、祈らずとも守っ下さるだろう。誠の道さえ行えばよいのだ」

と考える人がいるかもしれません。

ところが、この御歌は誠の道に叶わぬ悪い事をしながら神の守りを期待する、不心得者に対する警告であり、決して、祈願の不必要を述べたものではありません。神の御神徳を受けようとする人は、当然その真心をもって神を仰ぎ、神に近づき、神に親しまねばなりません。神棚をまつり、神社に参拝し、真剣に神さまに接することで、御神徳を受け得るのです。

御祭神菅原道真公は常に物事に対して誠実に向き合い、誠心を以て学問に勤しまれたことから、学問の神様さま、至誠の神さまとして信仰されています。

「誠の心を持ち、日々最善を尽くして生きよ」という菅公の御心は、日本人の心に今も生き続けています。

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本殿では今日も細長い列がありました。

神社は神様にお願いするところではありません。

参道の中央は神様の通り道です。

中央にいることは神様の通行を妨げる行為です。

また、神社を参拝する上で一番大事なことは神様に感謝の気持ちだけを捧げることです。

神社は鏡の働きをします。鏡は反射します。

神前に立つと鏡は自分自身を映し、自分に返ります。

お願いをする自分は、不足と思う自分として鏡に映され、自分に返ります。

不足な出来事として自分に返る結果を生みます。

つまり、お願いすることは逆効果になります。

感謝だけすれば、感謝する自分が鏡に映り、感謝すべきことが自分返ります。

良き神社は、鏡の反射が大きいです。

すでに感謝すべきことがいっぱいあることに気づき、感謝のみを神前に捧げましょう。

 

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