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牛頭天王の正体

2019年7月29日

(すのまた天王祭)

各地で行われる祇園祭や天王祭は、牛頭天王を祀る神社の例祭です。

牛頭天王はインド由来とされてますので、

明治の初めの神仏分離令によって祀る神社は

スサノオノミコト(素戔嗚尊)に祭神の名前を変えられました。

 

日本は縄文時代から続くとされる伝説に満ちた国柄です。

神輿や鉾山の風習がなぜ祭りに残っているのか。

不思議に思われたことはないでしょうか。

 

定説になっている祭りの起源は過去(縄文時代という前文明)の

封印のために用いられたのかもしれません。

 

過去の真実とは現代人の想像を絶するロマンがあったのかもしれません。

ここに一つの説を紹介いたします。

 

この契約の箱(アーク・棺)は、モーゼの時代(約3,500年前)に

日本に持ち込まれた。

めざす約束の地カナンは日本だったというのです。

(ミケランジェロ作のモーゼ像)

(日本人の1.5倍の背丈、頭には角を思わせる突起物、紳士的)

 

出エジプトを成し遂げたモーゼ(ヤハウェの預言者)一行は、

能登半島は今の七尾市の海岸に上陸しました。

 

契約の箱を大勢で担いだり、曳車に載せたり、

舟に乗せたりして京都など各地を巡りました。

(八坂神社を本拠地として、貴船にも)

 

契約の箱を鎮める土地を探すためです。

そして、伊勢神宮外宮の多賀宮に埋められたのです。

目的を果たしたモーゼは、能登半島は宝達山で力尽きました。

(モーゼと別れた一行は四国など日本各地に移住)

宝達志水町には、現在も「モーゼの墓」の伝説が残されています。

モーゼ一行が契約の箱を曳車に乗せたり、担いだり、

舟に乗せたりして各地を巡った光景は、

日本の祭りとして再現されていると言われています。 

祇園祭の山鉾や七尾市の青柏祭のでか山、だんじり、

屋台、曳山の巡行や神輿担ぎなどは、契約の箱を運んだ光景の再現なのだそうです。 

 

 

 

伊勢に残る玄関に飾るしめ縄(蘇民将来子孫家門)の風習は、

モーゼ一行のもたらした過ぎ越しの伝説によるものです。

アークを担いだ屈強で鼻が高い男たち(天狗面で表現)は猿田彦として祀られています。

 

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