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忠臣蔵 勅使の席は?

今日、12月14日は忠臣蔵、赤穂浪士討ち入りの日です。(旧暦なので西暦では1月中旬だった)

人気ブログ「ねずさんのひとりごと」では、ドラマとはまったくちがう原因で討ち入りが行われたとあります。

吉良家と浅野家、対立の本当の原因はドラマで描かれるような原因ではありません。

日本の国の形に関わることが争点になっています。

 

日本の国の形は、天皇が民衆を「おほみたから」とするという国家最高権威によって民衆を保護し守るという根底における天皇のシラス国があります。
けれどシラスを実現するうえにおいては、武士たちによるウシハク統治が必要です。
根底に仁をおいても、悪は誅(ちゅう)さなければならないのです。
その力を行使する者がなければ、国家のシラスは崩壊します。

室町幕府はシラス統治を軽んじたために、ウシハク機能をも崩壊してしまったという政権でした。

現在も世の中が乱れる因子を作ろうとしているのは誰なのか。

国民は何を護らなければならないのか。

歴史の真実を見極めることが大事ではないでしょうか。

 

 

 

以下、ねずさんのひとりごとの記事を一部引用

http://nezu3344.com/blog-entry-3236.html

 

吉良家は、その足利将軍家の時代の高官の家柄ですから、もちろん皇室尊崇ではありますけれど、同時に幕府の権威をたいへんに大事にしてきた家柄です。
ですから当然、勅使下向の接待に際しても、将軍の権威を重んじます。

ちなみにこの勅使下向ですが、これは毎年お正月のための挨拶に、幕府が使者を京の都の朝廷に上らせていました。
将軍は天皇の臣ですから、これは当然のことです。
その御礼に、朝廷から勅使が江戸に下向しました。
これが勅使下向です。

浅野内匠頭と吉良上野介は、その勅使下向の接待役を仰せつかったのですが、浅野家は、皇室尊崇論の山鹿流です。
どこまでも天皇と将軍は主従の関係です。
ですから、天皇の遣いである勅使の席は、将軍よりも上です。
ところが、室町以来の伝統では、将軍は天皇の部下ではあっても、勅使という下級廷吏よりは上の存在です。
従って、簡単にいえば、勅使の席次は下位になります。

浅野内匠頭は、若いし、自分が学んできたことに絶対の確信を持っていますから、その室町以来の伝統が許せません。
こうしたことは、実際上の行為はささいなことであっても、思想的な違いが根底にありますから、いきおい感情がエスカレートします。
いってみれば、同じ保守派同士の争いのようなものです。
近いほど、骨肉相食む感情的な争いとなってしまうのです。

それで起きた事件が、松の廊下の刃傷沙汰です。

・・・

 

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