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誓願の井戸 日蓮の本意

2020年1月4日

倭姫宮のすぐ北側に、日蓮の「誓願の井戸」が遺跡として残されています。

日蓮が生まれた鎌倉初期は、末法の世(仏陀の御教えが正しく民に届かない時代)と揶揄され、朝廷と幕府の対立や相次ぐ天災や飢饉などで民の暮らしは混乱し困窮していました。

清澄寺で学問に励んでいた日蓮は、民を救済できない仏教界に疑問を持ちました。

当時の仏教界は、貴族や幕府に数多くの宗派が優劣を競い合うものの、民の生活は安寧とは程遠く一向に改善されてない。

各宗を超越した仏陀の本意を求め、鎌倉、比叡山、奈良、高野山などへ十数年間にも及ぶ遊学をすることになるのです。

 

10年間の比叡山での勉学の中で日蓮は法華経の中に天照太御神が十一面観音菩薩に化身して現されている事実を発見します。

法華経を広める決意をした日蓮は、伊勢神宮外宮へ参拝に行きました。

伊勢にあった天台宗常明寺に宿泊しながら、「誓願の井戸」で毎朝身を浄めて、伊勢神宮外宮に百日間の参拝祈願をしました。

自分が天照太御神の慈悲を日本国土に行き渡らせるために、まず法華経により仏教を統一出来ることを外宮の神様に祈ったのでした。

 

われ日本の柱とならん

われ日本の眼目とならん

われ日本の大船とならん

 

(一部、人気ブログ伊勢白山道を参考にしています)

以下の記事、「日蓮の本意」3編をぜひご覧ください。

 

https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/a949b0a32a3ef5c9c06c02850d76d43b

https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/31ddad22d12bfbe5556edc3be11ec46d

https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/38a0328df0bbac014657f319ba1f4992

臨滅度時本尊
日蓮の臨終時に掲げられたという伝承のある十界曼荼羅。鎌倉・妙本寺蔵

 

 

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