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中嶋神社 お菓子の神様

 

豊岡市には、田道間守(たじまもり)を祀る中嶋神社があります。

田道間守は、お菓子の神様と称された実在の人物です。

お菓子は縄文時代からあり、木の実や果物から作られました。

田道間守は渡来人とされる天日槍(アメノヒボコ)の玄孫で第11代、垂仁天皇に仕えていました。

 

当時、病にあった垂仁天皇を癒すために、田道間守は不老不死の果物(非時香果・ときじくのかぐのこのみ)を求めて「常世国(とこよのくに)」まで旅だつのです。

常世国は現在のブータンやチベットにあたるところであり、幾年かかるかわからない遠い異国であり、命あって戻れる保証もありません。

天皇のご病気を治したい一心で、見たこともない果実を求める旅に出たのでした。

 

荒波の襲い掛かる大海を超え、いくつも大河を渡り、険しく高い山々を超える道のりでした。

やっとの思いで常世の国にたどり着き、求めていた不老不死の伝説を持つ果実が成っているのを見た時、田道間守はどんな気持ちだったでしょうか。

そして田道間守は勇んで、垂仁天皇が待つ都へと戻るのに10年近い月日が経っていました。

ところが、すでに垂仁天皇は一年前にご崩御されておりました。

嘆き悲しんだ田道間守は、垂仁天皇の御陵に詣(もう)で、帰国の遅れたお詫びと約束を果たしたことを報告しました。
そして持ち帰った菓子を墓前に捧げ、その場で何日も絶食して、殉死を遂げたのです。

 

この田道間守が持ち帰った不老不死の果実こそ、私たち庶民があたりまえのようにいただいている蜜柑の原木であるタチバナだったのです。

(人気ブログねずさんのひとりごとでは、わかりやすく蜜柑のお話が説明されています)

http://nezu3344.com/blog-entry-4378.html

 

 

 

田道間守は生まれ故郷であるこの地、豊岡に、お菓子の神様として祀られました。

中嶋神社の名前の由来は、垂仁天皇陵の堀に中嶋を造り葬られたことによります。

 

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