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祇園祭は疫病祓いのお祭りなのに

2020年8月1日

京都祇園祭は毎年7月、約1カ月間かけて行われる京都を代表する、いや、日本を代表とするお祭りです。

今年は新型コロナの影響で山鉾巡行・神輿渡御などの行事が中止になりました。

 

古くは、祇園御霊会(ごりょうえ)と呼ばれ、貞観11年(869)に京の都をはじめ日本各地に疫病が流行したとき、平安京の広大な庭園であった神泉苑に、当時の国の数66ヶ国にちなんで66本の鉾を立て、祇園の神(牛頭天王)を祀り、さらに神輿を送って、災厄の除去を祈ったことにはじまります。

 

牛頭天王をまつる祇園祭は全国各地で行われています。

天王祭や青柏祭も同じ牛頭天王です。

 

これら全国のお祭りがことごとく中止になったのは、本末転倒です。

疫病蔓延が理由で始まった祭りなのですから、やりすぎた規制に感じます。

 

 

ところで、牛頭天王がどんな神様なのか、知る人は少ないのではないでしょうか。

 

名前の牛の頭とはどういうことでしょうか。

 

ここに、とんでもない日本の秘密を紹介しなければなりません。

これは、人気ブログを運営する伊勢白山道さんの説によるものなのですが、根拠はと問われると何もないわけです。

ですから、信じる信じないは本人の自己責任でお願いいたします。

 

遡ること三千五百年ほど前、出エジプトをなしえたモーゼは、古代イスラエルの12部族を引き連れて、カナンの地をめざし日本の七尾湾に上陸しました。

目的はシナイで神ヤハウェから授かった十戒の石板を鎮める土地を探すためです。

 

七尾湾に上陸した一行は、舟に車輪を付けたりして、重いアーク(聖櫃)を運んだのだと思われます。

聖櫃の中には、三種の神器である十戒を刻んだ石板・アロンの杖・マナの壺が収められています。

 

この光景が七尾に伝わる青柏祭です。

 

一行は京都を訪れました。

彼らがキャンプをはったのが現在の八坂神社でした。

彼らは聖櫃を鎮める地を求めて貴船川を上流に遡ったりもしました。

その光景は祇園祭にも引き継がれました。

 

モーゼは日本人の1.5倍はあるであろう大男ではありますが紳士的な人でした。

頭に角のような二つの突起があったことから、モーゼはのちに牛頭天王という名で神格化されました。

 

彼らはまた、今では日本各地に伝わる蘇民将来の民話も伝えています。

蘇民将来の民話の元となっているのが、「過ぎ越し」の話です。

 

簡単に言いますと、

 

当時の古代エジプトでは、古代イスラエルの民は奴隷であり、虐待を受けていました。

それに怒る神ヤハウェ(スサノオと同神)はモーゼに預言します。

イスラエルの民は家の玄関の柱に子羊の血を塗って赤くしておくようにと。

神ヤハウェは、一夜にして、エジプト人の家のすべて初子や家畜に至るまで、死に至らしめました。

赤く玄関の柱で塗られた古代イスラエルの民の家だけは、その災いから過ぎ越しされました。

 

 

この話のように日本各地に伝わる蘇民将来の民話は、災いを除けるための信仰として今でも残されています。

牛頭天王がなぜ災い除けの神様なのかもうなずけます。

 

 

モーゼ一行は伊勢山田の地にたどり着き、聖櫃を小高い丘に埋めました。

この埋めた小高い丘が、現在の伊勢神宮外宮多賀宮です。

目的を果たしたモーゼは故郷イスラエルへと帰路につきます。

しかし、高齢となったモーゼは能登半島の宝達山で力尽きます。

宝達山ではモーゼの墓が伝説と一緒に残っています。

 

日本各地では、モーゼ一行だけでなく、古代イスラエルから何度も日本に移り住んでいて融和がされています。

 

七尾 青柏祭

絵画「モーセの十戒」レンプラント

 

 

 

 

 

 

 

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