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賀茂神話 日本は知らないことだらけの神秘の国

2020年8月4日

 

上賀茂神社は京都で最も古い社といわれ、その起源は遥か2600年以上前に遡ります。
この神社には、「賀茂神話」が残っています。

 

 

(賀茂神話)

太古の昔、京都に移り住んだ賀茂一族の姫・賀茂玉依比売命が川で身を清めていると、上流より丹塗矢(にぬりのや)が流れてきました。

その矢を持ち帰り床に祀り休まれたところ、御神霊の力を享け御子を授かります。

御子が元服したとき、祖父である一族の長、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が多くの神々を招き祝宴を催し、その席で「汝の父と思う神に盃を捧げよ」と申され、盃を渡したところ、御子は「わが父は天津神なり」と答えられ、雷鳴と共に、そのまま天に昇られたと記されており、再び会いたいと乞い願っていた賀茂玉依比売命の夢枕にある夜、御子が顕われ「吾れに逢はんとには、馬に鈴を掛けて走らせ、葵楓の蘰を造り、厳しく飾りて吾れを待たば来む」との神託があり、その言葉に従い神迎の祭をしたところ天より神として御降臨されたと伝わりました。

この御子神が賀茂別雷大神(かもわけみかづちのおおかみ)です。

以上が、上賀茂神社に伝わる「賀茂神話」です。

上賀茂神社境内にはなら(楢)の小川が流れ、御手洗の神事が行われます。
細殿の前に盛られた「立砂」は、ご神体の「神山」(こうやま)を模しており、神が降りる依り代になります。 神馬にもエサやりが出来るし、市民の手づく市の場として境内を解放している、良く言えば、おおらかな神社です。
悪く言えば、ちょっと庶民的すぎるところが、良いところかも知れません。
また、特別拝観を申し込めば、神職さんから「賀茂神話」のご案内もいただけます。

 

 

このような、気さくな雰囲気がある上賀茂神社ですが、日本を影で支えてきた秘密を持った神社であることは知られていません。

これからお伝えするお話は、人気ブログを運営する「伊勢白山道」さんの説であり、何の根拠もありません。
信じる信じないは自己判断でお願いします。

 

 

八咫烏は奈良と京都に拠点を置く忍者集団であり、上賀茂を氏神とする一族なのです。
八咫烏といえば、神武東征を陰で支えたことで知られています。
賀茂神話のとおり、賀茂玉依比売命の御子「賀茂別雷大神」が「わが父は天津神なり」と答えられ、雷鳴と共に、そのまま天に昇られとあるとおり、天津神を氏神とするのが賀茂氏であることから、八咫烏は賀茂氏であるという説は本当かもしれません。
また、大和建国(日本建国)のために、神武が東征をするずいぶん前から、天津神の面々が畿内で受け入れ準備をしていたことがうかがえます。

現在、忍者といえば、甲賀流と伊賀流が思いつきますが、どちらとも、上賀茂の「賀」がつきます。

「本当かもしれない」と思われた方もおみえでしょう。
日本は知らないことだらけの神秘の国ですね。

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