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「学問のすゝめ」も誤解を招く切り取りマジックだった

2021年2月9日

福沢諭吉旧居(大分県中津市)

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人気ブログ「ねずさんの学ぼう日本」に福沢諭吉の「学問のすゝめ」について記事がありました。

私たちがよく知っているあの

人間の平等を宣言した「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといへり」です。

 

私はこれが「切り取りのマジック」だったことをこのブログ記事を読んで初めて知りました。

福沢諭吉が伝えたい本来の趣旨は前後を読めばわかるのですが、このように切り取ることで読み手の誤解を招いてしまうという例です。

先ずはねずさんのブログ記事をお読みいただければ、おどろきの内容がわかります。

https://nezu3344.com/blog-entry-4775.html

 

「学問のすゝめ」の問題の部分をねずさんは次のように説明しています。

 

 

実際に福沢諭吉の「学問のすゝめ」を読んでみると、諭吉は、冒頭のこの言葉の後から、すぐにこのことを否定しているのです。
ちょっと読んでみます。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと一般にはいわれるけれど、
 現実に世間をみれば、
 かしこい人もあれば、おろかな人もある。
 貧しい人もいるし、富める人もいる。
 生まれたときから貴人もあれば、
 最初から卑しい身分で生まれて来る人もいる。
 その様子はまるで雲と泥の違いと同じです。」
と、このように諭吉は書いています。

要するに諭吉は、世間一般では「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずみたいなことをいうけれど、現実はちがっているではないか。人は生まれたときから決定的な差があるじゃないか」と説いているのです。
だからこそ、
 学問が大事なのだ。
 知的武装が大事なのだ。
 すこしでも賢くなれるように
 努力することが大事なのだ。
というのが諭吉の「学問のすゝめ」の論旨なのです。

 

それを、あたかも諭吉が「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と、人類の平等を説いているかのように教えるのは、これは情報の切り取りによる情報の《意図的な》誤誘導というものです。
「人は誰しも天賦の才があり、あらゆるものを持っているのだから、それを引き出すのが教育であり、価値観を押し付けるのはよくない」などというのは、左の人の常套文句です。
しかし、仮に天賦の才があったとしても、人が生まれながらに境遇その他に差異がある。これは客観的事実です。
そうであれば、努力することしか人がその差を埋める手段はない。
そして努力することが大事だというのは、これこそまさに価値観です。それはむしろ「押し付けるべきこと」です。

 

(以上、引用終わり)

 

悪意ある者が「切り取りマジック」を使えば、福沢諭吉の言葉ですら「全く違う解釈」を読者に与えることができます。

この「切り取り」を堂々と教育やメディアが報道で使い、読み手に誤解を生みだす行為は処罰されないのでしょうか。

 

昨日の記事と繰り返しになりますが、森喜朗氏への必要なまでのバッシッグはある意味「怖い社会」を感じます。

森氏の発言には以前から定評がありますから、マスコミにとって格好の餌食となりやすいことは、森氏自身もわかっていたはずです。

本人は気をつけてはいたけれど、まんまとはまってしまったということかもしれません。

 

マスコミの方はそれが仕事かもしれませんが、結果的に何か「怖い社会」をつくっています。

一個人の言動を切り取って、世間の辛口コメントも切り取って、報道しまくる。

野党議員の中でも辛口コメントをしそうな人にコメントさせて、期待通りのことを言わせる。

精神的に弱い人ならノイローゼになり自殺するかもしれません。

仕事とはいえ、こんなことをやっていていいのでしょうか?

 

日本の大事はそこにはありません。

 

 

いい加減にしてほしいものです。

「またマスコミが騒ぎ立てている」「おじいちゃん、可哀そう」と思っている人も多くいると思います。

メディアは世論誘導できるというおごり高ぶりをやめましょう。

暴権を振るえば、からなず自分たちに返ってきます。

天に唾を吐く行為です。

 

 

 

 

 

 

 

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