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カテゴリー: 仏教

穴太寺

穴太寺(あなおじ)は、亀岡市の天台宗寺院で西国三十三番霊場(二十一番)です。 慶雲2年(705年)、文武天皇の勅願により大伴古麻呂が開創したとされます。   穴太寺の聖観音像は「身代わり観音」の伝説があります。   『今昔物語集』所収の説話によると、 {昔、丹波国...

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観音様って何? 円興寺

岐阜県大垣市青墓町には円興寺という美濃屈指の古刹があります。 円興寺は延暦9年(790年)に最澄が大谷の里(現在の青墓)の大炊(おおい)氏の帰依を得て山頂に寺を創建し聖観音霊像を本尊として円興寺と号したのが始まりです。 隆盛時には七間四面の荘厳な伽藍があり、末寺等百余ヵ寺、寺領5千俵と伝えられて...

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釈尊の姿 清凉寺

釈尊は次期国王の身分を捨て、妻子を城に残し単身で悟りを得るための旅に出ます。 釈尊は修行中に身にまとっていたのが糞掃衣(ふんぞろえ)です。 糞掃衣はゴミとして捨てられていた大便をふくボロ切れを縫って繋ぎ合わせ洗濯した衣服であり、 汚れが残り黄ばんでいます。 釈尊はインドのカースト制度の中で高...

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湖南三山

湖南三山は滋賀県湖南市にある三つの古刹、常楽寺・長寿寺・善水寺の総称です。 元明天皇から聖武天皇の時代にかけてこれらの寺院は建立されました。 常楽寺本堂(国宝) 常楽寺三重塔(国宝) 善水寺本堂(国宝) 長寿寺本堂(国宝) 長寿寺の参道は「もみじのトンネル」になってい...

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円仁(慈覚大師) 山陰湯村温泉を開湯

東アジアの三大旅行記というものがあります。 年代別に並べると 先ずは、唐の高僧、玄奘(げんじょう)三蔵の「大唐西域記」。 玄奘(三蔵法師)が経典を求めてインドへ旅したときの見聞(629~645年)を弟子の弁機が記したものです。   次に日本人の僧侶・円仁(えんにん)が書いた「入唐求法巡礼行記」 (に...

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道元禅師の作務 永平寺

永平寺は1244年、道元禅師によって開創された道場です。現在も約200人の僧が修行生活を営んでいます。 道元禅師の大事な教えに「作務」があります。 作務とは日々の生活すべてが修行という教えです。 修行といえば、座禅とか滝に打たれるなどの荒行をイメージしますが、 永平寺におい...

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城崎温泉 難病の人々を救うため

舒明天皇(629)の頃、けがをしたコウノトリにより発見されましたのが 城崎温泉の起こりとされています。(鴻の湯の由来) 鴻の湯 その後、元正天皇の養老元(717)年、この地を訪れた道智(どうち)上人が難病の人々を救う為に、この地に明神の神託を得て一千日の間八曼陀...

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お釈迦様の教え 中道

(長崎の爆心地近くに建つ一本柱鳥居) お釈迦様の重要な教えに「中道」があります。 もし、人類全員が「中道」を心掛けて生きていたら、 争いごとのない平和で豊かな社会になっていたと想像します。 「中道」とは、「ほどほどの丁度よいころあい」、「相手を思いやる」、 ...

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憤怒の権現 金峯山寺

日本は八百万の神々が住む国柄です。 神々は権現といって、いろんな姿で現れます。 金峯山寺には、悪魔をも降伏させる恐ろしい姿の仏像が安置せれています。 その名も金剛蔵王権現。 憤怒極まった形相、鮮やかな青。 秘仏であるため普段は逗子の扉は締まり、 その畏れ多いお姿は拝むことはできません。 私たちは日本...

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日本版「三車火宅の譬え」

お釈迦様のたとえ話の一つに「三車火宅の譬え」があります。 今の日本にピッタリとあてはまると思いましたので以前の記事をリニューアルしました。     廃屋の荒れ果てている屋敷には鳥も巣をつくるし、蛇も生息している ・・・日本人の弱体化をもくろむ魔物が潜む日本社会 &nb...

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