有限会社大幸ツアー
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会社概要

大幸ツアーは、
「人生の素晴らしさ」をテーマにした旅を
ご提供します

大幸ツアー 代表 大江 克幸

会社名
有限会社 大幸ツアー
代表者
大江 克幸
設立
2004年1月
所在地
〒503-0926
岐阜県大垣市切石町2-9
資本金
430万円
事業内容
・貸切バスツアー
・日帰りツアー
・オリジナルツアー
TEL
0584-81-8863
FAX
0584-81-6328
沿革

2004年1月
 有限会社大幸ツアー創業

経営理念

会社案内イメージ 当社の第一の役割は、お客様のご希望を反映させて、より、ご満足をいただける旅行商品をお届けすることです。

さらに、旅行ガイドブックに載っているような表面的なご案内ではなく、お客様が「新たな価値を再発見」していただけるような「学び」のあるプラン作りを心掛けてまいります。

おかげさまで、大幸ツアーの旅行は、

・ 興味深い
・ ひと味ちがう
・ なるほど、知らなかった

などのご感想を多くいただけるようになりました。

とてもうれしく思います。


ところで、「学び」の最終的な目標は、「人生の素晴らしさを学ぶ」ことです。
厳しい社会を力強く生きぬくためには、郷土をささえ、わが国を守ってきたご先祖様の知恵や歴史的エピソードを正しく学ぶことが大事と考えます。

旅行先では、いろんな史跡や観光地を観てまわりますが、そこにはご先祖様たちが残した体験が教訓として残されています。
その真実を想像することは、今に生かされている私たちにとって、力強く生きるための知恵や勇気にもなります。そしてその結果、「人生の素晴らしさ」を学ぶことになると考えます。

とりわけ、私たちは世界に類のない歴史と文化を持つ日本に生まれ、こうして生かされています。
この現実は、実はあたりまえではないことに、どれだけの日本人が気づいているでしょうか。日本に生まれてきたことがとても幸運なことで、他国の現実を知れば歴然であり、日本人であることへの有難さに気づくことになります。

旅行先での郷土、文化に触れながら、なぜ、このような風習があるのか、史跡があるのか、と素朴な疑問を持ったことはありませんか。

歴史には複数の説がありますが、どうしてだろう、どれがより真実に近いのだろうかと疑問に思ったことはありませんか?

このような素朴な疑問を旅先でみんなと共有しませんか。

一旦、素朴な疑問を持つ習慣ができますと、この世の中は、知らないこと、わからないことだらけであることに気づかされます。
さらに、訪れた郷土が、わが国、日本がどれだけスゴイ国であるかにも気づかされるでしょう。

今まで通説とされていた歴史とはちがう一面を観るのもある意味おもしろいものです。
その結果、郷土への感謝や、日本を誇りに思う気持ちが自然と湧いてくることでしょう。

「知ってうれしい旅」を一緒につくってゆきましょう。

そして繰り返しますが、感謝すべき郷土、誇れる日本で生まれ生かされていることがどれだけ幸運で有難いことなのかを自覚するだけでも、知恵と勇気が湧き、与えられた「人生の素晴らしさを学ぶ」ことになるのです。

大幸ツアーは、ご満足いただける旅行商品を提供しながらも、学びを通じて、人生の素晴らしさを感じていただける旅を目指してゆきます。

代表挨拶

旅への思い

私は今まで、

「何のために生まれてきたのだろうか」

と、自分自身に問いかけて、生きてきたと思います。

様々な状況の中で、常に、 「何のために生まれてきたのか?」
何度も何度も自分の中で繰り返し問いかけました。

そして出てくる答えは、いつも、 「自分の成長のため」 というものでした。 

どんなに嫌なことがあっても、それを自分の成長に繋げれば、それはそれで良かったことになるのではないか。
また私は、旅行業に従事できたおかげで、 「旅とは何だろう」「旅行業とは何だろう」 と、考え続けてきました。

入社した当初は、お客様の行きたいご旅行をお手伝いするのが旅行業なのだ、という認識しかありませんでした。
そのために、役立つ情報収集をし、気のきいた営業活動を心掛けました。
その結果として、良い内容の旅行を案内でき、お客様に喜んでいただいた時はうれしく思いました。

しかし、それだけで良いのだろうかと徐々に疑問を持ちはじめたのです。

そもそも旅とは何なのか という疑問です。

今の旅行は単なる娯楽に成り下がってはいないか?
娯楽はあっていいけれど、もっと大事なものが旅にはあるはずだ! 

私は、大事な何かが何なのかを何年も探しました。

そして、探した末に見えてきた言葉が「学び」でした。

そうだ! 学びがあるから人は旅をするのだ!

学びのない旅など単なる娯楽であり快楽でしかない。
日常で得られないものがあるから、人は旅をしたくなるんだ。

直にこの目で見てみたい!
ふれてみたい!
やってみたい!

その貴重な体験から感じたことこそ、尊い学びではないか。

そうだ、当社は旅から得られる学びをお客様に提供していこう。

そう考えるようになりました。


マナへの思い

人が求めている「学び」とは何だろう?

「学び」について、調べてみました。

すると、「学び」という言葉には、神秘的なものが含まれていることがわかったのです。
それは、マナビの「マナ」の中にあります。

「マナ」は旧約聖書に登場する天から降りてきた白いパンのような食べ物のことです。

モーゼは言いました。
「主神は命じられました。マナを1オメル(壺)の分量、あなた方の子孫や隣人の為に蓄えておきなさい。
それは私が、あなた方 をエジプトの地から導き出した時、荒野であなた方に食べさせたようなパンを、彼らや縁ある多くの人々にも食べさせる為である」 (『出エジプト記』第16章31節~32節-) 

この「マナ」という白くて甘いパンのような食べ物は、飢える多くの人々を救うことになったのです。
そしてマナを入れた壺は、マナの壺と称し、三種の神器として、アロンの杖、十戒石とともに契約の箱に納められました。

これは仮説ですが、この契約の箱は、モーゼの時代に日本に持ち込まれたという説があります。
約束の地カナンは日本だったというのです。

能登半島は今の七尾市の海岸に上陸したモーゼ一行は、契約の箱を、大勢で担いだり、曳車に載せたり、舟に乗せたりして、京都など各地を巡りました。
納める土地を探すためです。
そして、伊勢神宮外宮の多賀宮に埋められました。

目的を果たしたモーゼは、能登半島は宝達山で力尽きました。
宝達志水町には、現在も「モーゼの墓」の伝説が残されています。 モーゼ一行が契約の箱を曳車に乗せたり、担いだり、舟に乗せたりして各地を巡った光景は、日本の祭りとして再現されていると言われています。 
祇園祭の山鉾や七尾市の青柏祭のでか山、だんじり、屋台、曳山の巡行や神輿担ぎなどは、契約の箱を運んだ光景の再現なのだそうです。 

掛け声の「エッサ」はヘブライ語で「運ぶ」という意味。
「祇園祭」とエルサレムに伝わる「シオン祭」は細部の行事日程までもが酷似しています。

天から降ってきた「マナ」を最初に見た人々は、神の持つ力に驚きました。 
「マ・ナ」(ヘブライ語で「これは何だろう」)と。

この疑問文がそのままその食べ物の名前になったと言われています。今でも食べ物をマンナと言い、マナを切り分けるときに使ったものを「まな板」と言います。 

マナは漢字で真名(まな)と表します。
中国では漢字は神との対話から生まれた文字とされていました。

漢字を習うことは神との対話を習うすることだったのです。
日本に漢字が伝わった時、漢字の楷書を真字(しんじ)と言いました。字は名と同意だったので、真字(しんじ)は真名(まな)とも呼んだのです。

漢字を習うことは、真名(まな)を習うという意味に繋がり、学ぶという言葉の語源になったと言われています。 
真名(まな)は、日本神話にも出来てきます。

天照大神とスサノオが誓約(うけい)をした場所が(あま)の真名井です。
宮崎の高千穂峡にある真名井滝、天橋立にある元伊勢の籠(この)神社奥宮は真名井神社、亀岡にある元出雲の出雲大神宮には真名井の泉などです。

神々の島、マナ島(フィジー)
マナは、ハワイの南太平洋の島々に住むポリネシア人にとって、神の持つ力を表す言葉として崇拝されています

手塚治虫のブッダ
マナは仏教の世界にも存在します。人間が悟りを得るには八識が必要になるという考え方です。八識には、五感と言われる視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚、そして意識、更に人間特有の末那識(マナシキ)、阿頼耶識(アラヤシキ)があります。これら八識の段階を経て、人は悟りを得ます。ここで最も重要なのは末那識だとされています。悟りの境地である阿頼耶識へ行く前段階の心の働きだからです。



「マナ」という言葉の響きには、私自身、神秘的な魅力を感じています。

「愛」を「マナ」と読むことも神秘の一つです。

「愛」は「心の受け」と書きます。
家族、隣人、友人、目の前の人、あらゆる人間関係において、相手の心を受け止めることこそが、愛の基本であることをこの文字は教えてくれています。

以上でわかったことは、「マナ」という言葉の持つ意味の全てが、神に深く関係しているということです。 
「マナ」は、目には見えない神様からの恵みであったり、神そのものを表したりしています。
「マナ」は、万物の中で息づいています。 つまりそれは、私たち人間にも「マナ」が宿っていることを意味します。


人生の素晴らしさを旅から学ぶ

誰にでも「マナ」が宿っていることを、私たちは気づいているでしょうか?
私たちは神の持つ力「マナ」によって生かされているということです。
人生は神様からの贈り物なんだということです。
私たちは、こんな大事なことを十分に理解していないのかもしれません。

そこで私は考えました。

旅をとおして、そのことを一緒に学んでいけたらいいなと思ったのです。
人生は神様からのプレゼントなので、貴重だし、感謝すべきだし、素晴らしいことなんだということを旅をとおして感じられたら、それはとても良いことだと考えたのです。

人生の素晴らしさを感じたいと思って旅をすれば、その人はたぶん大いにそれを感じることができると思います。

反面、人生に不満を持っていれば、日頃の生活だけでなく旅先でも不満な出来事に遭遇することになるでしょう。

人生の素晴らしさを学ぶ気持ちがあれば、旅はうまくいくと思うのです。
この私の気持ちを旅先で学びの機会として提供していけたらいいなと思っています。



補足

※「マナ」は違った言葉で表せます。例えば、仏性、真我、良心、明徳、内在神、高次な自我(ハイヤーセルフ)、心の鏡などです。

「人はだれでも美しい心(明徳)をもっています」
             ・・・中江藤樹は日本の陽明学の祖


※下の写真記は、マナの壺と仁徳天皇陵(大仙古墳)です。
戦後まもなくのこと、堺市上空を飛行していたGHQは、仁徳天皇陵のその形に驚きました。
古代ユダヤ三種の神器「マナの壺」に瓜二つだったからです。契約の箱が埋蔵されているに違いないと考えた米国は、早速、御陵を調査しましたが、契約の箱は見つかりませんでした。
このときの出土品は現在もスミソニアン博物館(ワシントンD.C.)にあります。



更に、「とんでも」的ではありますが、日本には想像を絶する真実があるようです。
次の写真は、火星で見つかった前方後円墳です。
私たちは、日本のこと、自分たちの祖先のことを知っているようで、知らないのかもしれません。

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